「未来の原風景」について

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 私が創るHASHIGRAPHYの世界、それは、過ぎ去った時の焼き直しではなく、現在を遠い未来から、激しい時代の変化にさらされる私たち自身を見つめ直す。それは、現在という「時」の価値に気づかせてくれる。過去は、決して過ぎ去った時ではなく、現在を通過点として、未来につながっていく礎となる。そして、未来は、いずれ過去になる事実である。

 私が1987年から手がけ始めた「HASHIGRAPHY」は、言い換えれば、「私の原風景」なのかもしれない。たまたま、中学時代、親友の家でわずか10cmほどの鐘乳石を見せて貰った。その後、彼は大学で地学を専攻し、鍾乳洞に調査に行くのに撮影を依頼され同行した。その時、彼から鐘乳石が1cm伸びるのに、60年という長い年月がかかるという話を聞いた。それは単純に計算すると1mになるのに6000年もかかるということだ。私はその神秘さに驚き、同時に、未来の風景をじっと想像したのを思い出す。一滴一滴が、積み重なり出来た鐘乳石。その一粒も欠けてはできない美しい鍾乳洞。一瞬一瞬が作り出してきた世界。その時は、この経験が、私の作品の「時」に対する意識に強く影響するとは想像もできなかったが。

 私が、過去の芸術家たちをはじめとした、祖先が遺した「モノ」たちを見たとき、それらが現在に存在するまでに至った時の流れ、そこに関わった人々の息吹、様々な出来事、それらの風景が瞬時に私の心に広がる。そうした「モノ」たちを私の視点からレンズを通して切り取り、さらにイメージを絵画の手法で創り上げることで、独自の世界を持つHASHIGRAPHYが生まれた。

 どの作品も、ギザギザに千切れた端々、重くくたびれた布のような下地は、時間と歴史が染み込み、擦り切れ、削られ、長い年月をかけて生き残った姿を表現している。それは、過去と現在とのコラボレーションを未来の視点から描いた風景である。私たちの体はどんなに健康で長生きしたいと思っても、一定期間生きたら、この地球上から消えて行く運命だ。しかし、「モノ」の魂は、その形の中に、生き残る可能性がある。HASHIGRAPHYは、「私の生きた時代の原風景の魂」で、これから1000年先にも遺ることを想定して創られた作品である。

 変わりゆく時の流れ、止まることのない時間に対する漠然とした不安や、モノが風化していくことへの諦観、同時に、未来へ残さなければいけないもの、伝えなければいけないことの重要性にも気づかされる。私たちが未来に伝えなければいけない「現在」とは、何だろうか。わたしは、かつてたしかにこの風景を見たと言えるようなものではないのか。それを人は「原風景」(デジャヴ)と呼ぶなら私のHASHIGRAPHYは、未来から見た「原風景」なのだ。私たちの心の中に残り、消し去ることのできない軌跡。多様に激しく変化していくこの時代の中でさえ、決して、忘れることのない過去からの遺伝子。それは、私たちの手で、次の世代、また次の世代へと引き継がれていく。今から1000年後、何が残っているだろうか? 何が残されているだろうか? 今、HASHIGRAPHYを見ているあなたがそこから受け取った「メッセージ」、それは、ひょっとしたら、あなたが今現在、大切にしているあなたの「未来の原風景」なのかも知れません。

橋村奉臣
HASHIGRAPHY Future Déjà Vu《未来の原風景》より